やりたいことがとくにない

突然ですが、あなたには「大きな野心」や「成し遂げたい使命」がありますか?

恥かしながら、ぼくには立派な野心や、成し遂げたい使命がありません。

いつも「のんびり過ごしたい」って思うし、「これを全てを注ぎ込む!!」みたいなこともない。

一番熱中したのは、中学校の部活(ソフトテニス)ぐらいで、「人生であそこまで熱中することあるのか?」と思っています。

朝から晩までテニスのことを考えて、休みの日も自主練したり、とにかく熱中していました。

ちょっと前だと、音楽ライブにハマって、通算で100回以上行っています。

月に5回以上行くこともあったし、遠方でも行きたいライブがあれば足を伸ばしました。

あと、入社2年で東京に配属になったときは、女の子を遊ぼうと思ってナンパとか合コンしたけど、そこまで楽しくありませんでした。笑

就職して、普通に生きていけるようになった

1年半前に会社をやめて、フリーランスになりました。

最初は全く収入がなかったし、月収10万になるまで半年以上かかっています。

そのころは「ブログで稼ぐ!」とか「フリーランスとして生計を立てる」みたいなことを必死に追いかけていました。

珍しく「ブログを書くこと」や「稼ぐこと」に没頭していました。

そして、今年の10月に就職して、普通に生きていけるようになっています。

フリーランスになったときのような「稼がなきゃ!!」という焦燥感はなくなり、自分に余裕が出てきたなと感じています。

やることねぇ〜!!

それと同時に、「やることがねぇ〜!」とも感じています。笑

冒頭でも説明しましたが、ぼくには野心がありません。

「世の中にインパクトを与えたい!」

「素晴らしいサービスを出して、社会を変えたい!」

という思いも持ったことがないです。

この前「こんなサービスをリリースして、世の中を変えるんだ!」と熱弁する人に会って、「すげぇ!」とは思ったけど、「自分がやりたい!」とは感じませんでした。

これは前からそうで、「〇〇やりたい!」という人を見ると、「応援したい!」とか感じても「自分がやりたい」とは思いません。

むしろ「なぜそこまでできるのか?」と疑問に感じるぐらい。

よく「〇〇を成し遂げたい!」という多動力のあるタイプの人は、まともに睡眠時間を取れないぐらいに働いたりしています。

その様子を見ていて「寝たいとか思わないのか?」「ゆっくりした方が幸せじゃないの?」と思っています。

それと同時に「これに全力投球する!」という人をみると、正直羨ましく思うこともあります。

う〜ん、難しい。

人の夢を手伝うのは楽しい

ぼくは今ポンヌフという会社で働いており、社長の描く未来予想図を実現する手伝いをしています。

構想や計画を社長が練って、ぼくも一緒に参加するみたい感じ。

社長が「ここまで行こう!この経路で行こう!」みたいに航海予定立てて、同じ船に乗って無事に航海が終わるように、補佐するようなことをしています。

それは結構楽しくて、ぼくはやりたいことないけど、人のやりたいことに乗っかるのは意外といいかもしれません。

世の中に「ここまで行きたい!」って自分の地図を持ってる人って少なくて、多くの人が「誰かの持っている地図」を見て、「自分も船に乗っていい?」って夢の相乗りしてること多いんじゃないかなあ。

地図持ってる人は「カリスマ」って呼ばれることもあって、岡田斗司夫さん曰く「カリスマは自分にしか見えない未来があって、その未来を実現するために他者に役割を与えることができる」という特徴があるそうです。

やりたいことリストについて

「やりたいことがない」という悩みに関しては「いろいろやってみて、ピンときたものに熱中すべき」という答えがあります。

「たしかに!」と思って、先日自分がやりたいと思っていた「ひとり旅」に行ったけど、微妙でした。

「いろいろやるべき論」でいうと、「ひとり旅は合わなかったんだね!次行こう!」ということになりますが、やりたいことを片っ端方やっていくのも割と疲れます。笑

RADWIMPSの「夢番地」という曲の中で「叶えたい夢ばかり数えて、叶えた夢泣きながらきっとどこかで、、」という歌詞があったけど、その通りだな。

以前に「やりたい100のリスト」を作ったけど、それも「これを順番に叶えても意味あるの?」みたいに考えちゃいます。

なんか「好きなことがある」「やりたいこと」があることが正義みたいな風潮があるけど、ない人もいるよね。

そんな人に対して「いろいろやってみなよ!」というのはわかるんですが、ちょっと暴力的なアドバイスという気もします。

どうすればいいのか?

じゃあ、どうすればいいのか?って話です。

ぼくの場合は遠くの夢に向かって走るよりも、日常のクオリティをあげていく方が合っているのかな?と思いました。

日常で「幸せ」と思う時間を増やして、「不幸」を感じる瞬間を減すことでドンドン人生の質が上がらないかなあ。

ぼくは「非日常の壮大なイベント」を体験するよりも、好きな本を読んだり、好きな服を着ている方がテンション上がります。

新しい目標を掲げて、突っ走るよりも「自分と対峙すること」の方が今は必要なんじゃないか?

具体的には、日常で「幸福を感じる瞬間」と「不幸を感じる瞬間」を洗い出して、前者が増えるような生活スタイルを築いていくって感じですかね。

例えば、ぼくは寝不足だと著しく幸福感を損ねるので、「睡眠時間を確保する」ことを前提としてタイムテーブルを組むとか。

やりたいことがない人は日常の質をあげよう!

ネットやブログを見ていると、常に「〇〇しなきゃ!」「売り上げを伸ばさなきゃ!」みたいな人が出てきます。

まあ、そういう人種もいるんだけど、ぼくみたいなそうじゃない人もいます。

そういう人は「毎日の幸せを増やして、不幸を減らす」というのがいいかもしれませんね。

「目標」や「やりたいこと」がない人は負け組ではないので、視点を変えて、自分の幸福を追求しましょう。

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1 個のコメント

  • 26歳とは思えない達観した視点で、目からウロコでした。いろんな人いますもんね。私も誰かのサポートする事で楽しいうので、共感しました。ブログ楽しみにしてます!私もブログ頑張ってみます笑

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